30年来の長いお付き合いのお客様と、ゆっくり話す機会がありました。
車に道具以上の価値を見いだして、人生の良き友の一と思って生きるとき...
「定めるのは50歳までだね。」
意見が一致しました。
20〜30代 生活との両立で一生懸命。
40代 何かが見えて
50代 定まって
60代 自分の尺度で "いい思い" ができる
論語の有名なヤツみたいだ。
それによれば
四十而不惑 40歳にして惑わず
五十而知天命 50歳にして天命を知る
例えばミニ。
いろいろ乗ったけど、1,275 も乗ったけど、でも素の姿 850 に惹かれていく、とか。
『ローマは1日にしてならず』じゃないけど、紆余曲折があって今がある。
それがまた趣があっていいじゃないですか?
『あの日』から、もう1ヶ月が経ちました。
400km近くも離れているのに、いつになく、早く過ぎた1ヶ月でした。
あんなに寒かったけど、横浜は桜が散り始めました。
静かに、静かに、時は流れていきます。
実は3月中旬から10日間、渡英を予定して準備を進めていました。
航空券も手配済み。
次兄と甥のことがあったので、出発(フライト)を3日延ばし、結局は予約のフライトが
予定通り飛ばなくなり(直行便でなくなり、羽田発→成田発)、キャンセルしました。
地震+原発事故に因る、航空会社の対応の結果です。
◆首都圏でも経験した、深刻な燃料不足◆
日本での給油はせず、経由地 -- 主に仁川(インチョン)や北京 -- で給油。
航空会社によっては、国内の中部 or 関空経由で運航。
* ルフトハンザなどは乗務員交代も行われました。(放射性物質の飛散を懸念して???)
◆燃料不足と物流の滞りに因る機内提供物 -- 主に機内食 -- の安定供給◆
* 事故に因る食品への影響を鑑みてのことでしょう。
多くの国で、日本の食品の全面輸入禁止など対策がなされていますから。
◆間引き運航◆
海外渡航自粛や、海外からの渡航者の激減。
加えて、機体を小振りなタイプに変更。
ex. エールフランスの場合:エアバスA380(538席) → ボーイング777(365席程度)
3月下旬などは、オンライン検索すらできない航空会社もありました。(QANTAS です...)
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なお、欧米諸国のフラッグキャリアは3月末〜4月上旬までに、日本便の運航を徐々に
通常運航へ近づけています。
...といっても、こちらからは経由便、あちらからは直行便、みたいな感じですけど。
そして、まだまだ間引き中。
ちなみに BA(British Airways) の羽田 -- ロンドンヒースロー便(週5便、2/20より就航)は、
4/28 まで欠航中です。
余談ですが、自宅のお隣りさん。
奥様がアメリカ人なんですが、昨日までお留守でした。
兄を迎えに、石巻へ行ってきました。
行くにあたって、ガソリンの携行缶を知り合いからかき集めて(遠いところでは九州から!)
提供してくれた人、自宅に眠っていた子供服のお古を託してくれた人、
メールでお見舞いや励ましをいただいたり、人の心に触れる出来事が続いています。
私は当事者ではないけれど、被災された方のご苦労や悲しみは計り知れないけれど、
心を寄せて頂いた方々に、この場を借りて御礼申し上げます。
本当にありがとうございます。
震災が起きて、ここに今回のことで個人的な記事を書こうかどうしようか、
実は迷いました。
しかしながら、日本を二分する呼称 『東日本』 の名が付いた、この激甚災害。
親戚や友人が被災したり、または被災地に大なり小なり縁のある人は多いと思うんです。
そんな縁者の1人として自分の立場で聞いたこと、そして見たことを、ここを訪れる方に
知って頂きたいと思って、記していくことにしました。
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私と長兄、次兄の次男、姉の息子の4人で石巻へ向かったのは、4月2日 出発は埼玉を0時。
折しも前々日に、損傷の激しかったという三陸道が一般車全線通行可能となり、
兄も諸手続きにひと通りの区切りがついたからと、出迎えの許可が下りました。
10時前には石巻を後にしました。
これでも兄嫁の眠る、津波の爪痕生々しいお墓に立寄り、甥たちの母校で現在は避難所となっている
小学校に、古着を直接持ち込み...しばらく留守にするにあたって、することはしてきたのですが。
15時過ぎには長兄と、次兄の次男が暮らす埼玉南部へ到着。
私も17時前には、グレイスに戻ってきていました。
殆ど寝ていなかったこともありますが、埼玉からどの道で帰ってきたのか覚えていません。
私は見てきただけなのに、思い出すだけでいろいろなものが混ざった磯の匂いと、すさまじい光景が
頭の中に広がって気持ちが悪くなります。
兄は今、次男のところへ身を寄せていますが、11日に電気を通してもらえるので戻るそうです。
"Person Finder" を通じて連絡のあった、兄の取引先の担当の方とやりとりをしていますが、
兄は必要とされているようで、きっと元気に復活するでしょう。
現地へ入って少し意外だったのが、「皆さんが思ったより明るいこと。」
こちらが恥ずかしくなる位。
もちろん場所によって、被害の状況によって千差万別でしょうが、印象的でした。
詳しいことは、ウェブサイト内に場所を設けて、画像も混ぜながらご報告したいと思います。