格言の最近のブログ記事

愛だろ、愛。

今日、もうずいぶん長いお付き合いのお客様が、車のメンテナンスとは別の用件で見えました。

今、グレイスには車検でお預かりしている Midget が入っています。
「コレ、昔ボクが乗ってた車ですよね?」

何にも言ってないのに。
スゴイねーどうして判ったんでしょ??

「このフロントスクリーンの枠のキズの感じとか...」

停まってるのをみて、何となくすぐにピンときた...そうです。
何か、すっごく人間臭くないですか。

love.jpg愛ですよ。
...急に思い出しました。

愛だろ、愛。(← 音が出ますのでお気をつけて...)

こういう車を持つには、愛がなくっちゃ。(ベタなような、曖昧なような)
お金では、愛は買えませんから。

今日のひとこと

昨年納めたトラベラーがやってきました。
車がいつもと違って、気になっておおごとになる前にお出かけ下さいました。

早く来るもんですね

そう。
病気と同じ。
早期発見が、トラブルを最小限で食い止めるんです。
それは、普段乗っている「オーナーのアンテナ」に頼る部分が多いです。

相棒の様子を知る、些細な変化も気づく、旧い車に乗る為には身につけるべきものです。
「べき」というよりは、心の持ちよう一つで自ずと備わってくるものかな。

感覚。

お金で絶対買えない、身につけるもの。
何だか奥深いな。


定めるのは50迄

30年来の長いお付き合いのお客様と、ゆっくり話す機会がありました。

車に道具以上の価値を見いだして、人生の良き友の一と思って生きるとき...
「定めるのは50歳までだね。」
意見が一致しました。

20〜30代 生活との両立で一生懸命。
40代        何かが見えて
50代        定まって
60代        自分の尺度で "いい思い" ができる

論語の有名なヤツみたいだ。
それによれば
四十而不惑          40歳にして惑わず
五十而知天命       50歳にして天命を知る

例えばミニ。
いろいろ乗ったけど、1,275 も乗ったけど、でも素の姿 850 に惹かれていく、とか。

『ローマは1日にしてならず』じゃないけど、紆余曲折があって今がある。
それがまた趣があっていいじゃないですか?

地球は預かりもの

今日は少し長くなります。
---

これは、アメリカインディアンの教えです。

『この地球は、先祖からの贈り物ではない。子孫からの預かりものである。』

そもそもは、砂漠という厳しい環境に暮らす彼らが、知恵を集めて生きてきた中から
自然と共存する術を言葉で伝えてきたものの1つ。
昨今の環境破壊に照らして、小児科医でもあるノルウェーのブルントラント元首相が
講演でも引用しています。

---
今日はちょっと嬉しいことがありました。
私自身が、開業以来ずっと心がけてきたこと、ブレずに掲げてきたことがやっと、
じわじわ人に伝わりだした、と実感できるようになってきました。
26歳で開業し、気付けば四半世紀が経っていました。
ここのところ、やっとです。

よその文化圏で生まれ、育まれてきた車という道具。
殊に旧い車に携わるとなると、よく学び研究を重ねて、年月を経れば経る程にその時々の
『今』とのすり合わせが必要です。

日本の旧い車は、残念ですがメーカーや携わった人たちが意図的に
「残してこなかった」
という印象です。
自動車の文化をひも解かず、高度成長にかこつけて消費させることばかりに心血を注ぎ
継承することを怠ったからに他なりません。
私たち日本人は、真似が得意と言われます。
車は真似して作れたんでしょうが、心意気まではコピーできなかったんでしょう...。
...ひょっとして、車に限った話ではないのかも。

--長く使う、遺産を保つ--  今の時代の常識を、だいぶ昔に捨ててしまった日本。
どこへ行くんだろう。

日本にも、いい手仕事や遺産がたくさんあるのに。
今や絶滅を心配したくなるほど、虫の息。
きっと国のしくみが、この国をおかしくしてしまったんだ。
『子孫からの預かりもの』なのに。

***
Riley Elf にナンバーがつきました。
いい個体です。

riley_1.jpgriley_2.JPGriley_3.jpgボディがしっかりしていることが、乗ると伝わってきます。
日本に来るまであまり動かしていなかった車なので(個人ミュージアムみたいなところに
鎮座していました)、登録してちょこちょこ動かすことにしました。
ご興味ある方、是非とも試乗してみて下さい。

いやースゴいな

ボディワークのスタッフが、自分の分担が終わったトラベラーの作業前写真を見て...

これが元の姿って言われても、誰も信用しないよ。

確かに。
フロアから組んで、ここまでしたんだもの。
フロアだけの姿の時には、オーナーの了承を得てスペシャルインポートカーショー
出展しましたっけ。
もう随分前のことに感じます。

イベントウェブサイトの出展者紹介に、写真と共にこんな文章を寄せていました。
---
次々と何かを買い替えるこのご時世に、私たちは半世紀以上前に設計された車を
作り直しています。時代に逆らっているようですが、これこそが究極のリサイクル活動だと
確信しています。(中略)これらは時代の生き証人として現存し、なお現役で道具として、
そしてオーナーに夢や喜びをもたらす相棒でもあるのです。

---
結構イイことかいてるじゃないの。
...それはさておき。

あのフロアは、こんなふうに甦り...

0729_1.JPG立派になって...

0729_2.JPGこれが今日現在の姿です。

0729_3.JPG--
さて、ボディワークスタッフが目下がっぷり四つで組んでいるのがコレ。
みがきちくんAのMk1。

0729_4.JPGまないたに乗って1ヶ月だっていうのに。
いやースゴいな。




お手紙書いた

お手紙書いた ... 

童謡の『やぎさんゆうびん』みたいですが。
先月の渡豪で再会の機会を得たお友達(日本人女性とそのご家族)に、先日手紙を書きました。
メルボルンのシティでディナーをご一緒して、翌日Victoria Market を案内して頂いた方。
昨日メールを頂き、ご丁寧にも封書のお礼が書かれていました。

- - - 子供達にも、忘れられつつある日本伝統の教育の場を与えて頂きました。 - - -

今日では、手紙にとって替わってメールが手軽で早くて便利なツールとして、市民権(彼女は
ハイジャックと表現していました)を得ています。
でも敢えて、縦書きの便箋と封筒で書いて送りました。
彼女はともかく、かわいい2人のお嬢ちゃんたちに充てた部分が大きかったんです。
お母上の国、そして彼女たちは日本語をちゃんと勉強していましたから、日常とまでは
言えなくても異文化ではないはず。
そんなこちらの想いをお母様も感じ取ってか、上のような書き方でお礼を下さいました。
異国に身を置く彼女だからこそ、この言葉は実感なのかもしれませんね。

忘れられていること

金沢で一泊し、この旅の目的である法要に列席しました。
行われたのは、津幡町にある浄土真宗のお寺、弘願寺(ぐがんじ)です。

読経の後、ご住職の法話を伺いました。
印象的なことばがありました。

「今の世の中、何かが出来る人ばかり評価されがち。
人は、そもそも居ること自体が尊いのに。」

確かにそうです。
子どもの誕生など、まさにそれを感じる瞬間です。

人が人である限り、根幹の「尊さ」を胸に日々の感謝を忘れなければ、
自ずと人は成長できるのではないでしょうか。
不勉強につき、解釈が正しいかどうかはわかりませんが。

***

金沢の名産、いろいろありますが...
この辺りが好みです。

0322.jpg

『便利な車』に人は要らない

今日は普段なかなかお会いできない、珍しい方が見えました。
新旧自動車に精通して、その上でご自分の気に入った車をお持ちです。

昨今の車の問題に始まり、社会問題まで話題に上って爆笑も起こりつつ
話はなかなか尽きませんでした。

01314.jpgとかく現代の車はコンピューターに制御され、乗り手の技術や感性は全く必要ない。
そんな話の時に飛び出した格言。 

「便利な車に人は要らない。」

そーだ、そーだ!
いや、待てよ??
車は人が操る道具。
車に人が要らないって、それって?

更に続けて...

「制御するコンピューターは、人が作ってるんだよね。
その作った人の感覚がダメだったら、どうするんだろうね。」

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